He は最強の圧力媒体か
ダイヤモンドアンビルセルは上下2つのダイヤモンドを対抗させ、先のとがった部分で試料を挟み込んで加圧します。裸のまま試料を押してしまうと、どんどん横へ試料が逃げてしまいますし、中心部とその周囲ではかなり大きな圧力勾配ができてしまいます。また、上下2つのダイヤモンドで加圧することになるので1軸圧になってしまいます。これらの問題を解決してくれたのがガスケット法です。ガスケットは多くの場合金属板に小さな穴(数100ミクロン)をあけたものです。この穴の中に試料を入れて加圧することで試料の横逃げを防ぐことができます。さらに、この穴の中に試料とともに液体を入れてやると、パスカルの原理により1軸方向から加圧しても、試料には等方的な圧力(静水圧)が印加されます。
このガスケット法の開発により、信頼度の高い高圧データの数が飛躍的に伸びました。ところが、残念なことにどんなものも高い圧力になると固化してしまいます。身近な水は室温では約1 GPa (約 1 万気圧)で固化して氷になることがわかっています。圧力媒体としては高い圧力まで固化しないものが望ましいわけで、そのような物質の探索が初期に行われ、アルコールの混合物がよいことがわかり、特にメタノール:エタノール=4:1(体積比)のものは約10 GPa まで固化しないということで広く利用されてきました。
しかし、圧力発生技術が高まりさらに高い圧力まで利用できかつ、試料との反応性が低く、ハンドリングがよいものが求められるようになってきました。この過程で、希ガスがかなり有力だとわかり、近年では希ガスを圧力媒体に用いる実験が数多く行われるようになって来ました。希ガスの中でもっとも固化しにくいものはHeです。ここでやっとタイトルの「He は最強の圧力媒体か」にたどり着きます。一般的には答えはYESでしょう。
これを信じて(本当はただの勉強不足)ヘリウムを圧力媒体に使って、C60の高圧下のX線回折図形の測定をSPring8で行いました。非常にシャープな回折線が25 GPaを超えても観測でき感心しました。ところが解析してみるとどうもおかしい。以前測定したメタノール:エタノール=4:1の圧力媒体のときの結果と大きく異なることがわかりました(図)。
回折強度の解析をして、C60分子の歪などを検討しましたが、ほぼ初期の構造を保っていることがわかりました。いよいよデータ解析に行き詰ったときに(本来は順序が逆なのですが)、HeがC60の結晶にpermeateする論文が1995年に出ているのを見つけました。非常に低い圧力下の実験なので見落としていました。
おおよその事態はつかめました。しかし、このデータどうしたものでしょう。